白鵬が万歳三唱

相撲で白鵬が万歳三唱したということで相撲審議会は違和感を示し、それなりの対処の方針とのことである。これについて 一冊の本がかけるかもしれない。 小生はこれをみて 我が振りなおし ということにも感ぜられた。誰しも 優勝は優勝したものにとっては嬉しいことでもあり、相撲のファンも一緒に喜びたいところであるが、彼が確かに相撲を引っ張ってゐる重要な駒ではあるが、相撲の競技の中では駒の中の一つに過ぎない。それゆえ 相撲競技を取り仕切っているわけではないので、何かの枠を超えた行為だとも考えられる。それを我に例えれば 大吉より 中吉で 上を目指している 多少飢餓の状態が生きてゆくうえで 謙虚さを保てるのではないであろうか。無理して 不幸になれ 生活で卑屈になれとは言わないが 上に立ては立つほど 目立たなくすることは 人の反感をかわないで いいような気もする。人間が自然を征服できると考える西欧的な考え方と自然の力は恐れ多く いざとなったら 立ち行かなくものだと 考えて 初めから畏敬の念を残しておく アミニズム的な心を残しておく日本的な心のがいいであろう。小生も再就職にあたって 使われる身でもあり、おいては子に従えということで、過去の経験を振りかざさないで 初めてのごとく そこの職場にやり方に従う忍耐の心を持つくらいで 彼らを尊重することになり 丁度 人間関係もうまくゆくものではないであろうか。直してゆくのにも徐々に気分を害せずにという教養も必要になろう。力から入って礼儀 礼儀から入って力、そろそろ
小生も礼儀から入って 力という方向に転向せねばと思うような歳になってきたわい。



謙虚な心: シュリー・ラーマクリシュナの弟子ナーグ・マハーシャヤの生涯
謙虚な心: シュリー・ラーマクリシュナの弟子ナーグ・マハーシャヤの生涯
posted by hosi at 06:34 | 青森 ☁ | 読書感想文