いまの読書感想文に対してある中央審査委員が見るに

最近、学校の教育はどうなっているかどうか小生はよくわからないが、ある中央審査委員が最近の読書感想文に対しての感想はノンフィクションが上位を占め、文学作品の減少はさびしいといっていた。

自由読書、課題読書に共通していえることは、文章が非常に達者になったということである。反面、その内容に子供や本人の姿が見えてこないという。審査会では、今後 楽しい読書の習慣をつけて欲しいという願いから、フィクションの作品の量を確保する必要性があるといっている。また国語の時間に文学作品を味わうことのできる時間を増やす必要性を示唆しているようだ。

 小生は何も頭から無理して文学作品や論語を読むのではなく、 わかる文字 文章、興味のある文章、作品を片っ端から読んでいけばよい。そうなれば自ずと歳をとれば文学作品のよさ、論語のよさにもいいもんだと気がついてくるものである。 個性が見えてこないということは読書感想文を書く時、型ばっかりの体裁ばかりにこだわる傾向があるからではないのでしょうか。 感情までも型にはめて・・・。 自分の読書感想文のパクリと題してブログをかいているのは そういうことではなく むしろ個性を発揮させる方法を文章をかくことで盗み取って欲しいということなのだ。

 何も感想文入選者にならなくともいい。 むしろ自分はこう感じる こう考えると文章に表してくれたほうがよっぽど学生 人間として好きだ。 型は二の次でいいのだ。
posted by hosi at 18:25 | 東京 ☀ | 読書感想文