「子供への最良の贈り物とは」の読書感想文

父親の子供に対する役割の本を読んでいると先に述べたが、本の名前を記すのを忘れていた。
「子供への最良の贈りものとは」 伊藤隆二 著:樹心社 である。
今日は「頑張る」という項を読んでみた、親たちは子供たちに一定の目標を設定して、それに向かって頑張った結果、それが達成されれば 何かを成し遂げたという喜びを味わえるのだが、大人ではもう薄れてきてはいるだろうが、子供というものはそうではなく何かをして遊んでいること自体、それ自体が一つの目標で頑張っていることになるらしい。大人の人生の目標に相当するものは、むしろそこにあるということのようで、それが重要のようだ。

 どうも我々、大人は子供を受験に合格させ、いい大学に子供を入れさせて、世間的に高収入の職業に付けさせ、それが子供に対する 最良の贈り物と感じている場合が多い。嘘ではないであろう。現実的には、でも でもそれは所詮 手段であるのかもしれない。
本の中でのエピソードで、子供を夫の要望で医学部に3人も合格させた母親が、体を壊し、子供たちを自己の臨終の場に集めさせ、最後に子供たちへのお礼、感謝を言うべきところ、自分の妻としての人生は子供たちのために頑張りすぎたために、つまらなかったと述べて死んでいったという。これらは、頑張るということと 人生の目標とは何かということを 今一度考えさせられた。

では どうすればいいのであろうか。待つことのようだ。あまり 早熟を期待して、親が レールを先走ってしかないことが、いいようである。著者は「機能快」という表現をしている 一種の遊びの中にも見られる、ただ単に子供がそれをしているときが楽しい、心が醸造させてくるのを待つことが重要なようである。今の大人たちは子供たちの自然に目覚めてくるであろう機能快を剥奪しているようなところがあると著者はいっているようでもある。子供の満足よりも 親の不安さが 結局のところ手を出してしまって、結局 子供を世間的にみれば形は整ってはいるが、本人にしてみれば、本当の幸せの閾値には達していなかったということなのでしょうか。うまく、自己ではこの本の読書感想文はかけないが、何かをパクリすることができたように感ずる。さてさて、我が家の息子へは、あまり 受験受験とイワン 父になっているが というよりも 自分の職場での若いものについてゆくだけで、子供の関して あーせこーせと言うまでのエネルギーがないのが 本当のところだが、むしろ これが功を奏してくれれば と、勝手な解釈で 「不安と期待の 心 二つ我にあり」というところの心境の父である。
posted by hosi at 18:24 | 東京 ☀ | Comment(0) | 読書感想文