読書感想文とパクリと辞書

小生は本を読むのに反省せねばいけないことが最近あると思う。精読ということである。数千冊の本を読むよりも一冊の本を愛読するということである。読書家というそうである。コレクターであったかもしれない。
あと、辞書は調べるものであるという 考え方は間違いで、読むものであるそうだ。

 トイレで、踏ん張っていても出てこないとき、日本語の辞典を脇に、ついつい目を通したとき ふーん 
本とは本当は(かけているともり・ですが・・汗・・・)こんなになっているのか と うなずくことがある。

それが、辞書を読むことらしい。さて君のトイレにも いかばかりの辞書の種類が目立たぬところにあるであろうか。ハウツーブックが多い、現代人にとっては反省を促す言葉である。

「辞書は引くもので、読むものではないというのが通年であろう。だが 私は今、この考え方をあらためて、辞書は読みものであり、しかも 恐らくは最上の読み物の一つだと思っている。(三木清)」

先に、コピーライターの本を読んだことがある。さまざまな 良い文章が出てこないとき、語学辞書の本、さまざまな 辞書を読むそうだ。そこから発想が出てくるようだ。

・・・・・・残念ながら 小生にはまだ程遠いのかな。せめて トイレにおいて、辞書の世界のパラ読みでひらいて、目の止まったページの辞書のダーツの旅見学の本読みでもして、旅費を稼ごうか。
そういえば、図書館に行っても、辞書コーナーはあったかな、次回は図書館を辞書そのものと考えて辞書コーナーを引いてみようか、其のうち図書館を読めるようになるかもしてない。( パクリ主が感じた 随筆名言集)
posted by hosi at 04:43 | 東京 ☀ | 読書感想文