無私の人たち

人間誰しも主人公でいたいと思う気持ちはあるものである。

井上ひさしの本の中で、こまつ座にいて、演出を始めた動機が
少なくとも二つあるとしている。

 ひとつはこまつ座に力を貸してくださっている裏方に(演出部)の人たちと一緒に仕事をしたいということ。

もうひとつは、あらゆる面で裏方の頭目である演出家達が、これほど
知力と体力の必要な仕事をなぜ根気よくつづけているのかを知りたいと思ったことであるそうだ。

「俳優が演じるのをやめて、その芝居を生きはじめる瞬間に立ち会うことの至福」だそうな。

つまり
演出家と演出部スタッフとは演技者が生きてそこにいる者に変身することを我が事のようによろこぶ無私の人たちであり、無私であるからこそ、これほどつらい仕事つつけていけるのだそうだ。

最後にこういっている。

「稽古場のうす暗がりの中で、君が演じる者からその芝居を生きる者へ変身する瞬間を息を潜めてじっと待ちつづける無私の人たちが大勢いることを、一度こっそり横目を使って確かめて欲しい。 」と


 人間 苦しくとも 心の中で これがあるから、生きるんだ という これを 手に入れ 確信したいものである。
しょう
 さて、君にとっての これとは・・・。

小生の場合は 君がいつの間にか、社会的主人公から身を引いて、

いつの間にか窓際になって、道端の脇の名もない花となっても

何らかの形で雨水を降らせ、お日様を見させ、また 咲き続けてくれる

一助となることに至福を感じる。

タグ:井上ひさし
posted by hosi at 06:06 | 東京 ☀ | 読書感想文