老女の覚悟

老女とは亡き恩師の一人暮らしの夫人であるが、
高齢になってきたので、施設に入ろうかこのままで頑張ろうか悩んでいる。

まで頑張ってきたが、われわれが引き取るわけにもゆかず、また どうしろということも
できない。 人間 生きるも 死ぬにも 一人であるが、施設に入れば それは楽にはなるが
周りとの協調の問題もあるし、また それなりの高齢になっている 人ばかりなので
月にいや年にか 何人か 逝ってしまうことであろう。 その時の 気落ちのことも考えられる。

生を見ることができるには 頑張ることであるが、厳しい西海岸の冬を乗り越えるには
はたで見るほど生易しいものではないであろう。でも体の続く限り 雪の味 春の草の香り
潮風の肌に刺さってまでも 生きて死のうと おお天道様がいっているのではなかろうか。

老女は一旦 施設に入ろうとしたが、片津けていたら、
亡き親の教訓がでてきて まだ留まることにしたという。我々もまた来ることを誓った。

菊をお墓と仏前に掲げてきた。

「菊の香に 夫を想いて 昼しづけき」 桂

ああ、我々も夫婦も いつかは、 一人になり こうして 答えを他人に求めるときもあるのであろう。

チベット帰りのある知り合いの方とこの前 お話する機会があったが、チベットの人は
死もそんなに 怖がらないという。

なぜか 信心が強いからであるという。あの厳しい山の生活で それなりに生きてゆくのは
信心が強いからであるという。黄色い菊は きっと その秘密を知っているのであろう
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posted by hosi at 05:37 | 青森 ☁ | 読書感想文