冥途の飛脚

朝はもう寒くなり、夜 寝る前ももう窓を閉めないと いけなくなった津軽の気候である。
昔に比べたら 雨雲もないのに 急に雨が降ったり する 恐竜時代のような
怪しい気候が続いた夏であった。

さあ、今度は浄瑠璃にでも触れてみようか。おおよそのあらすじを理解していれば 古典も
面白く感ぜられるであろう。


冥途の飛脚 である。
キーンと司馬遼太郎の対談でキーンが日本語をやっていてよかったといっていたのが
この古典だ。

経済や政治をやっている学生にはわからないであろう。なぜなら 日本語を手段としかやっていないからという。

そうかな、まずはざっとみて 感じてみい。





人間 どんな時も 自分だけは そんなことで 捕えられることはない と こころで思っていても
それは こころの表面だけのブレーキだけである。

常日頃から、程々に  よき慣習  小欲 謙譲 をしていれば それが、大きな安全弁である。 多少 無骨でもそれ自体が 福を また 安全を 守っていることを 多くの人は 気が付いていない。
posted by hosi at 05:17 | 青森 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書感想文