雉 と 鶯


我が家には 何故か 裏庭に 雉が来るのである。 雪の上に 雉の足跡。 また 夏になれば姿は見えんが鶯が 高い木の茂みで鳴く。まあ、先祖が来ているんだろうと思うて だまって 暮らしているが 鶯なんぞは ついつい 通行人も いいねといって足をとめる人もいる。小生は この世を去る時 もし虫になれば 十和田湖の奥入瀬渓流の 流れの 近くの 苔が生えた石の上に寝転んで羊歯類の葉っぱに おおわれて 眠りたいもんだと 思うようになった。人の命には 限りがあるということを 最近思うのである。  何を君はなしたか。 サラリーマンやって 食って生きるのに精一杯であったから お金が目的であった。 しかし そうではなく、職場に貢献した。自分を捨てて。。。、人が喜ぶ顔を見たいから 貢献したボランテアとして いやそれが 本来の姿なのだよと。さらにまた いや そう力まなくても いいのだよと 雉と鶯は 教えてくれた。 自然を愛でる 心があれば それだけで 君は何かに 貢献しているのだよ と それだけで 光っているんだよと。 肩の力を 抜きなさい。 欲はなく あるがままでいいのだよと・・。

興、時を逐うて来れば、芳草のうち、履を撒してし闕sし、野鳥機を忘れて時に伴をなす。 景、心と会すれば、落下のもと、襟を
披いて兀坐し、白雲語なくしてそぞろに相留まる。」

(野に遊ぶ気の向くままに裸足になって青草の上をのんびり歩けば、野の鳥も警戒心を忘れてわたしのあとを追う。気に入った眺めに出会い、襟をくつろげ、散る花の下に腰を据えれば、雲もゆったりと流れてきて、私のそばに留まる)
posted by hosi at 04:29 | 青森 ☁ | 読書感想文