蟋蟀(コオロギ)

津軽の生まれたところでは 蟋蟀は結構 家の周りにいたが、田舎の都会に出てきたら、めっきり見なくなった。

それが、後ろの小屋にいったらふと姿を見せてくれていた。ころころとした形である。 バッタを狐に例えれば コオロギは狸
というところかな・・・。

「夜勤する 我が足元に 認めたる 蟋蟀ひとつ 鳴かず動かず」 佐々木

小生は冬を前にして蟋蟀のその消えてゆく我が命は 人への恐れのない 交流ができるものであると信じて
鳴かず動かずとして しているような気がしてならない。  今日は小生も床屋に行くが、
それと同じくして 草刈をしてその草を集めないで 自然と緑から白く 枯れてゆく 光景に 沈みゆく夕日が あたってゆく光景に虫の声が サワサワ チロチロと 鳴きだす様子が津軽用語でいう 「吾妻しい」 という 感覚になるような気がするのである。


蟲の声 永井荷風


「枕に就いてからも眠られぬ夜はまた更に、蟋蟀の鳴く音を、戀人のさゝやきよりも懷しくいとしく思はなければなるまい。それは眠られぬ人に向つて、いかほど啼いたからとて、身にあまる生命の切なさと悲しさとが消去るものではない。蟋蟀は啼くために生れて來たその生命いのちのかなしさを、唯わけも知らず歎いてゐるのだと、知れざる言葉を以て、生命せいめいの苦惱と悲哀とを訴へるやうに思はれるからだ」
posted by hosi at 06:21 | 青森 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書感想文