蕗の薹も食えば苦みがあるが、それもある意味 美味と感ぜられるようになりたいものである。朝起きて 緑茶を飲むが 甘いだけのお茶というものは 味覚には 物足りないものである・。 渋さがないと・・。歳をとるに 心の入った飲食は何も健康食品ばかりではないようだ。
後悔の元を作らないためには 常に脇に 渋みのものを 置いといていた方がいいのかもしれない。脇役として・・・。それは他人ばかりではなく 己の心の中にもあるのである。 菜根譚の本(「老子」 「詩経」から。)を読んで 目にとまった 渋みの文字である。
「喜びに生じて諾を軽々しくすべからず。酔(えい)に因って怒りを生ずべからず。快に乗じて事を多くすべからず。倦に因って終わりを鮮なくすべからず。」
機嫌のよいときに安請け合いをするな。酒に酔って怒りを爆発させるな。いい気になって仕事の手を広げすぎるな。嫌気がさしてしめくくりをいいかげんにするな。という意味である。
最近は コーヒーもブラック、チョコレートもダーク となっている 読書感想文のパクリ主である。