ライアの祈り 

昨日 映画試写会で「ライアの祈り」を見てきました。 

青森という「まほろば」から世界中の人々に向けて。「ライアの祈り」という幸福の種を広げられたなら、それこそ僕は幸福です。と原作の森沢昭夫氏はパンフに記載していた。

ストーリーは桃子は(鈴木杏樹)は、明るく姉御肌のアラフォー女性。だが彼女の心の奥には、どうしても抜けないとげがあった。実は彼女は、不幸な離婚を経験し心に深い傷を負って、人生を前に進ませる勇気が持てずにいたのだ。そんな彼女は、縄文時代の遺跡発掘に情熱を傾ける考古学研究院、クマゴロウ(宇梶剛士)と出会う。あるとき、クマゴロウに教えてもらいながら遺跡の発掘作業をした桃子は土器を発見する。遥か昔、この場所で生きた命があったことに思いを馳せた彼女は、悠久の時を経て自信へとつながる絆を体験するのだった。 果たして桃子はクマゴロウとともに、太古からの風の中に幸せを見つけ出し前に踏み出すことができるのだろうか。そして倖せのカタチとは?

映画を見ながら ああ、 こうして遺跡から古代に夢を描ける人は倖せだなとも思うた、こうして津軽の朴訥な感じが露骨?に出ていておもしろかった。帰りながら離婚の原因を車の中で女房と話しながら そんなの原因になるのかな というと・・。あなたは現実を知らないからと叱られた。小生はそうは思わないが 小生は縄文人の心を引き継いでいるのかもしれない。映画の中では 縄文時代は江戸時代の3百年よりも長い2万年も平和な社会を維持できていたと称していたが、いろんな天地の異変もあっただろうが成人した 体の不自由な人の遺骨も遺跡の中にあったというから、それなりに人を労わる心もあったのであろう。

昨日 社会の新聞で安保法案 閣議決定し、新聞にでていたが、縄文時代にはどうなんであろうか こんなものはあったのであろうか・。
今の時代には 沢山あるものがある。便利なもの、 通信機器、武器 などである。映画の中で 今の時代にはあって縄文時代にはなかったものは文字であるといっていた。なるほどね。でも何らかの言葉で通じ合って支えあって生きていたという。 今は核家族となってしまったある意味 縄文時代にはなかったものができてしまっていた。



藤田弓子さんの演技が光っていたと個人的には思うた。

ライアの意味は何

2015.5.30より青森県先行公開だそうだ。

映画を見て 小生も八戸を舞台にしたこの映画の中の縄文時代の合掌土偶のあったころに 行きたくなった。生きたくなった。自然が美しく描かれている。 青森の縄文時代 行ってみたいね、それを感じさせてくれる いい方法がある。

蕗柄杓 湧き水口に 空見上げ


タグ:映画鑑賞
posted by hosi at 05:01 | 青森 ☀ | 読書感想文