管子 (上) 新釈漢文大系 遠藤哲夫 著 明治書院 

小生は時々 自己啓発書 柄にはあわないのであるが、本当はこうであらねばいけんのだがと 論語の原著解説を読むのだが、何しろ

苦しい。


だが 読んでいると 幼いころに 学んだというか 忘れかけていたものを 再度 呼び起こしてくれるものの 雰囲気を感ずることが

ある。 四書五経は そんな感じで付き合って読んできた。


今回 管子 (上) 新釈漢文大系 遠藤哲夫 著 明治書院 を図書館から借りてきて 読んでいたが いや眺めていたが

それだけでも ビシバシと 頭を叩かれてゐた次第である。


たまに 読んでみておくのも いいであろう。


その中での名言である。


一年の計は穀をうるにくは莫く、十年の計は木を樹うるに如くは莫く、終身の計は人を樹うるに如くは莫し。
一樹一穫なる者は穀なり、一樹十穫なる者は木なり、一樹百穫なる者は人なり。
我れいやしくも之れをう、神の之れを用ふるが如し。
事を挙ぐること神の如き、れ王の門。

一年の計は穀物を植えるに及ぶものはなく、十年の計は木を植えるに及ぶものはなく、終身の計は人を植えるに及ぶものはない。
一を植えて一の収穫があるのは穀物であり、一を植えて十の収穫があるのは木であり、一を植えて百の収穫があるのは人である。
これを的確に植えるは、神がこれを用いるようなものである。
物事を導くこと神の如し、そうであって始めて王者という。

posted by hosi at 18:35 | 青森 ☀ | 読書感想文