自分はどうして俳句を作るようになったのでしょうか・・。

今こうして 定年後でもなんとか お仕事をいただいて、お仕事させてもらっていることは 何かの力が働いているからなのではないのでしょうか、いや 本当はもっと前から・・。気が付くのが 遅かったかな・・・。それは 神様 人 そして自然ではなかろうか。 心の中で
有難うと 言わねば 気がおさまらなくなって来たからなかったのではないのでしょうか。

言葉に表して 何かを表現できることは 幸せなことであり、またそれに何かを感じられることも幸せなことではないでしょうかと思う様になりました。 自分は 俳句に関しては季語などは沢山あるようですが あまり それにこだわらず 作ってゆきます。 自分の俳句の中には季語などなく、川柳か俳句かわからないようなものも沢山あります。特に 自分としては 雪がなければ 家庭菜園で 育てた 野菜や庭にそれぞれ 季節ごとに咲く 草花などをみて 冬は雪を中心として俳句を作ってきたわけであります。正岡子規はその土地 その土地での草花の時期に合わせて 季語としていいということでしたので それを信じて作ってまいりたいと思います。また 女房と近場の温泉などへ 行った時の情景などを 観て 感じたことを句にしてまいったわけですが それらを世に出して 感じて拾ってくれる人がおれば それはそれで自分はいいんです。

これからの 残された人生も そうして参りたいと思っております。


秋の朝 渋茶の立つに 我も立ち
 アハハ


posted by hosi at 02:57 | 青森 ☁ | 読書感想文